話を聞かない人に物語を読ませるチャレンジです。

 私も介護施設での経験がありますので、
外部の無関係な人が文句を言ってるわけではありません。

話が通じない、もちろん文章でも通じない人に向けて
物語で語りかける新しいアウトプットです。


Che bella cosa na jurnata ‘e sole,
N’aria serena doppo na tempesta!
Pe’ ll’aria fresca pare gia’ na festa…
Che bella cosa na jurnata ‘e sole.

 年寄りの朝は早い。
ようやく外が明るくなり始める頃、時刻は朝の五時半だ。
早く起きれば朝食も早い。六時には朝食を済ませ、南向きの朝日の差し込む部屋で、
我が家のお爺ちゃんが気分よさそうに歌を歌っている。

「お爺ちゃん、ご近所の迷惑になるから、もっと小さい声で歌ってね」
私の妻が台所から声を掛けた。
私の父は80歳だが、頭はいたって元気だ。しかし、55歳で定年退職してからは身体を動かすことも少なくなり、足腰が弱ってしまったのか、家でテレビを観て一日を過ごすことが多い。

20代の頃はバックパッカーとして世界中を飛び回っていた人で、各国での武勇伝も多く語ってくれる。ヨーロッパへ行った際には、イタリアのパブで聴いた地元の人が歌うナポリ民謡に感激し、日本に帰国後、カセットテープを買い求めて毎日練習していたらしい。
お爺ちゃん曰く「世界の共通語は英語じゃなくてナポリ民謡だ」が口癖だった。
朝のルーティーンは、窓際に寄って外の空気を吸いながら歌うことだ。歌うのは十八番、ナポリ民謡の「オー・ソレ・ミオ」一曲だけである。

「この歌を歌うとな、自然と注目を集め、周りの人も一緒に歌い始めるんだ」
お爺ちゃんの「ナポリ民謡は世界の共通語」説は、こんな理由らしい。

そんなお爺ちゃんも、歳月を重ねるにつれて身体の自由がきかなくなってきた。
家族に心配を掛けたくないとのことで、最近ではデイサービスに通うようになった。
デイサービスのレクリエーションでも、得意な歌を歌って皆を楽しませているらしい。

 お爺ちゃんがデイサービスに通い始めてから、すでに一年が過ぎようとしている。
同じ介護施設のお試しショートステイも経験済みだ。
来週から正式にショートステイに通うことになった。

月日が流れ、ショートステイにも慣れてきた頃、
朝起きると、お爺ちゃんはお気に入りの朝日が差し込む明るい部屋で歌い始めた。

“げんこつ山の狸さん、おっぱい飲んでねんねして”

妻はどう反応していいのか分からない。
「お爺ちゃんもすっかり老人介護施設の人になっちゃったね」
レクリエーションで覚えた歌を、大声で歌っている。

「お爺ちゃん、ナポリ民謡は歌わないの?」
私の妻が聞いた。

「ナポリ民謡って?忘れちゃった」

 介護施設でみんなと一緒に歌う“げんこつ山の狸さん”って、なんで?
妻は泣きながら「好きな歌を歌わせてあげて欲しかった」と呟いた。
介護施設の職員の気持ちも分からないこともないが、
お爺さんは楽しそうに”げんこつ山の狸さん”を歌っているのを見て
ショートステイの入所は間違いだったのかと私は後悔した。
 私はお爺ちゃんが一気に老けてしまったのだと思い悲しくなった。


人生100年時代、いつまでこんな事をしているのでしょう。
お年寄りが子供に戻ることは否定しませんが
とくに男性の場合は死ぬまでジェントルマンでいたい
と自分を律して生活している人もいます。
お婆ちゃんは赤ちゃんに戻ってしまって可愛らしく思うこともありますが。
人それぞれの個性を見て、などは人的リソース不足でムリなのは分かりますが・・・・・・

投稿者 r65life

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