伊豆高原ドッグペンション



2025年度の伊豆文学賞に応募した作品を公開します。
残念ながら受賞はなりませんでしたが、65歳になって始めた書いた小説です。
高校生の、いわゆる「ギフテッド」をテーマにした小説です。
 伊豆文学賞の応募規定により原稿用紙80枚の短編となっております。
ネットにアップするには長文なので数回に分けてアップしたいと思います。
感想などを頂けると励みになります。


富士山の見える高校で

 伊豆半島の海は穏やかで太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 高校生になったばかりのユキは、ゴールデンウィークに、親戚の伯父さんが経営しているペンションへ向かっていた。

 伊東線は単線で電車の本数は少ないが、観光列車として親しまれている。黒船電車の愛称で呼ばれる車両は、家族連れに大人気だ。車両の海側は窓が大きく、座席が海の方を向いている。海面の輝きに目を細める。いつ来てもワクワクする気持ちになる。

 伊豆高原駅に到着した。観光客の多くがこの駅で下車する。
 駅前のロータリーにはバンが止まっており、男性が手を振って合図を送っている。ユキも手を振り返し小走りに向かって行った。

 「真一伯父さん、お久しぶり。みんな元気?孝史君のお店はどう?」
 「まあ、その話は後でね。遠くまでご苦労さん」

真一の息子の孝史は八幡野の桜並木通りで、ジェラート店をやっている。
 お店を開いて、今年が初めて夏を迎えるので、ユキはお客様の入りが気になっていた。
簡単な挨拶をしたあと『ドッグペンション・マニス』とボディに描かれたバンは、伯父さんの営むペンションへと向かった。

「ペンションまでは十分くらい掛かるから」
「あのね真一伯父さん」
真一が自分に何を聞きたいのか分かっていたので、ユキは自分から口を開いた。

「なんか学校がつまらないっていうか」
ユキがその後の言葉に詰まっていると、
「それなら明日にでも孝史に会って話していけばいいよ」
孝史はユキの従兄だ、優しくておっとりとした話しやすい男の子だ。

 ユキは、ペンションで飼っている看板犬でお婆ちゃん犬のチョコと会うのが楽しみだった。真一のペンションがオープンしたときからの看板犬で犬種はゴールデンレトリバーだ。
 ペンションに到着したときに他のお客様が四組いた。それぞれワンちゃんを連れていてペンションの食堂は、ワンちゃんの撮影会で大盛り上がりだった。

「いらっしゃいませ、こんにちは」と、ユキはお客様にも友達のように明るく声を掛けた。
真一の妻の深雪は、
「うちの姪なんですよ、皆さんもワンちゃんもよろしくね」と、明るい声で自然な形でユキを紹介した。

(いつもこんな風に出来たらな)

学校でなければ自然体でいられるのに。と、ユキは少し寂しい気持ちになったが、ユキを見つけ寄ってくるチョコの愛情表現に破顔で応えた。それを見ていたお客様たちも、「まあ可愛いこと」と、そこにいた全員がその様子を眺めていた。

 今年の春に高校生になったばかりのユキは、静岡県内の富士市に住んでいる。最寄りの吉原駅から東海道線で五つ先の三島にある高校に通っている。晴れた日には廊下の窓から富士山が綺麗に見える。 ユキは富士山が見えると何故か心が落ち着くのだ。富士山から受け取るパワーは他に並ぶものはなく、富士山の見えるこの地に住んでいることを富士山に感謝をしているのだ。

 ユキは、近所に住んでいる幼馴染みのゼン君と同じ高校に通っている。

“ゼン君”という名はあだ名で、本名は松平善信なのだが、名前の響きが余りにも立派すぎるのでユキはゼン君と呼んでいる。二人は小さい頃から、家族ぐるみの交流があった。
 高校に入って初めて電車通学の混雑を経験したとき、毎朝の通勤通学ラッシュでユキは怯えていた。そこで、ゼンにお願いして同じ車両に乗ってもらい、ユキの後ろに立つようにして、ラッシュ時の魔の手から守ってもらっていた。

 ユキにしてもゼンにしても、他のクラスメイトの中に入ると途端に話をすることができなくなってしまう。ユキは家族やゼン君となら普通に会話ができるのに、クラスの中では会話ができない。必然的に独りでいることが多かった。ユキは読書が好きだったので、一人でいることが嫌いではなかった。どちらかというと大勢の中にいると身体も心も疲れてしまうので、一人でいる時の方が気持ちが楽だった。しかし独りぼっちという、屈辱的な状況に晒されるのが嫌だったのだ。

 高校に上がると今までと違う厄介なことがあるのだ。それは男女間の恋愛のことだったり、誰と誰が付き合ってるの?みたいなことを同級生達は楽しそうに話している。
 高校に入ったり、大学生になったりするタイミングで、今までとは違うひとつ上の生活をしたい。それは男女の関係も少し大人びた関係に発展させたいという思い、高校一年生とはそんなお年頃なのだろう。

 まさか奥手なユキが男性関係で嫉妬されるなんて思わなかった。しかもゼン君とだ。男の子って意識したことなんて無かったのに、確かにゼン君とは仲良しだけど兄妹のような関係なのだ。
 高校生になったある日、お母さんからこんなことを言われた。
「ユキちゃん、学校で何かあったの」不意の問いかけであった。
「うん、ちょっとね」学校での居心地の悪さは勉強にも影響が出そうだった。お母さんに聞かれたってことは、お父さんも気づく、ユキの家族はそんな家族なのだ。

 悩み事が拗れそうになると、ユキは「富士山と話してくる」と、家を飛び出していくのである。玄関を出ると目の前には富士山がそびえている。

(ユキの悩みなど、取るに足りないことだよ)と、富士山に言われているような気がするのだ。

 ペンションに到着した日は宿泊のお客様と一緒に夕食を食べた。
伯父さんと伯母さんの作るご飯は美味しかった。
 ユキはお客様たちと一緒に頂く食事が嬉しくて、ご飯を食べながらテーブルの下で食事をしているワンちゃんと目を合わせ、ニヤニヤしていた。
その様子を見ていたお客様から、
「この子、可愛いねぇ」と、言葉が口を突いて出てきた。
「そうですね、本当に可愛いワンちゃんですね」って返事をしたら、
「あんたのことだよ」って、それを聞いた他のお客さんが大笑いしてしまい、恥ずかしくなってしまったけど、学校での憂鬱な気分は何処かへ吹き飛んでしまった。

 夕飯が終わって、お客様が自分の部屋に戻り、一段落が付いたところで、伯母さんが私を孝史君の家に送ってくれた。その途中で伯母さんは、
「ユキちゃん、ほら前に一緒に来た男の子、今日は一緒じゃなかったの、良い子だったわよね」
それはゼン君のことだとすぐに分かった。
「一緒じゃないよ彼氏でもないし、一人で来るのはやっぱりそれなりの理由があるんだもん」
「理由って?」
 なんだか伯母さんにはめられたように、あたしがこれから自分の悩みを打ち明けなければならないような気持ちにさせられた。
「学校で虐められてるって感じじゃないんだけど」
続ける言葉が切なくて、
「あたし、友達が出来ないのかなぁ」って口にしたら、涙が零れてきた。クラスの子達と普通に会話が出来ないのだ。
 星空を見上げながら孝史君の家まで夜道を歩いた。
「ユキちゃん、真面目だから色んなことを真に受けちゃうのかもね」
「でもないよ!」
「孝史もそうだったから分かるんだよ。クラスの子と話が合わない理由はね、ここだけの話だから学校で絶対に喋っちゃダメよ」

伯母さんはお父さんと確か同じ年齢だったはずだ。童顔で可愛いらしい感じだ。ユキの耳に顔を寄せて内緒話をするように続けた。
「絶対学校で喋っちゃダメよ、その子たちってバカなんだよ」
何を言うのかと思ったら『バカだから』と言われて、ユキは吹き出してしまった。だってまるで小学生みたいな言い方だったから。
「笑ってる。でもねこれは大事なことなの、ユキちゃんと違って、他の子は色んなことを考えていないんだよ」

丁寧に言葉を選んでいるのが分かる。

「伯母さんくらいの年齢になれば分かることなんだけどね」と、言い終わったら伯母さんは大笑いした。
「そんなもんかな」と、返事をするのがやっとだった。
 孝史君の家に着いたら伯母さんも一緒にいて、みんなでお茶を飲みながらのお喋りが楽しかった。
孝史君も伯母さんと同じで、不思議な雰囲気を持っていて、そばにいて話をするだけで心がほぐれていく感じになれる。。

 翌日は、老犬のチョコをつれて朝のお散歩に出かけた。
出かける前に、伯母さんから心配顔をしながら、
「チョコは目が見えにくいから気をつけてね」
「分かってます、気をつけて行ってくるね」と、言って出かけたが、やっぱり心配なので、近くの公園のベンチに座り、リードだけ手に持ってチョコには自由にさせたら、ユキの足元でお腹をべったり地面に付けて、気の抜けたように顔だけ私の方へ向けている。ユキもジッとチョコを見てたら、気のせいかチョコが、

(ユキちゃんだよね)と話したような感じがして、
「そうだよ」って口に出して言ったら、チョコは激しく尻尾を振ってあたしの靴に顎をのせてスリスリしてくる。
チョコはあたしを見つめながら、
(帰っちゃうの?)って言うから、
「今日帰るんだよ」って応えた。
「クーン」と鼻を鳴らした。
あたしは声に出して言った。
「また会えるよ」
チョコからは返事がなかったけど、
(帰らないで、もう逢えないかも)って言いたそうな気がしてチョコの頭を撫でたら、されるがままで、また鼻をクーンと鳴らした。
「ペンションに戻ろうか」
(もう少しここにいたい)
「でもあたしはこれから歩いて、従兄の孝史君のお店へ行くんだから、また会えるから心配しないで」と言ったが、チョコと目が合う事は無かった。

 チョコをペンションに戻し、孝史君のお店に向かった。
 伊豆高原駅の山側の出口から、坂道を登っていく。そこは桜並木通りと呼ばれている。ユキの目指す孝史のお店まで一キロくらいの距離だけど、途中から坂がきつくなる。
国道の上を跨ぐように高架になっていて、この周りには桜の木がたくさんあって、二月後半からしばらくは、観光客で混雑する。
 「さて」と気合いを入れて坂道を登っていく。
 初夏の観光地をジーンズと黄色のシャツを着て颯爽と歩いた。
 ユキは一人で歩くのが好きだった。歩いていると色んなことが頭に浮かんでくる。
学校での出来事も、自分がなぜ孤立してしまうのかも薄々気づいている。周りの子と話が合わないことも。夕べ伯母さんに言われた、『その子達ってバカだから』の意味も理解していた。

 たぶん大人になれば今の悩みも解消するはずだと思っている。それには大人になるまでの年月と、大人になるための努力と成長が必要なことも分かっている。ユキは頭の中で深く考えると、自分だけで解決する方法を見つけてしまうのだ。
「この辺りはもっと賑やかでお洒落な通りだったのになあ」
桜並木通りの歩道の桜の木は、別荘ブームの時に植えられたものだ。

樹齢が三十年を超えると幹が太くなり、歩道の植え込みのスペースを圧迫して地面が浮き上がり、歩きにくくなっている。この辺りはワンちゃんを飼っている家が多い、朝夕には散歩の定番コースだ。

 日差しが出てきたので薄らと汗をかいたころに従兄のお店「ジェラート工房マニス」に到着した。マニスは伯父さんのペンションから取ったのだが、意味はマレーシアの言葉で『甘い』とい意味だ。また、英語のスイートと同じで『可愛い』『愛らしい』の意味があるそうだ。ユキがお店に近づくと、中から従兄のお嫁さんの早苗さんが出てきて、
「早かったね、歩いて来たんでしょ、義母さんから連絡あったわよ」
ユキは汗をぬぐいながら、いま歩いてきた坂道を恨めしそうに振り返った。
「お店を手伝わせてもらってもいいかしら」
そう言って手伝いをするのが決まっていたかのように、お店のカウンターの中に入って、おそろいのエプロンを着け、頭には三角巾を被った。早苗は孝史に同意を求めるように問いかけた。
「ユキちゃんって可愛いよね、ねぇ孝史君」
「えへへ」とユキは満面の笑みで孝史に笑顔を向けた。
誰にも遠慮なく笑顔になれるって、気持ちが楽になる。

 初夏の伊豆半島は、海からの風で寒いことがあるが、この日は良く晴れて澄んだ青空から容赦なく紫外線が降ってきた。ジェラートは飛ぶように売れ、ユキはお客様に自分から話しかけた。

ジェラート工房マニス

「もし良かったら写真どうですか?あたしも入りますけど」
ふざけたつもりで言ったのだけど、お客様は真に受けて、お店の前では写真撮影会が始まってしまった。
 これが大人気で、数人の撮影希望者が順番を待っていた。
都会から車で来た観光客も、
「なにかやってるの?アイドルでも来てるのかな」と、勘違いして駐車場はあっという間に一杯になってしまった。
「バイトさんなの?」若い男性のお客様に聞かれたが、
「そうなんです、今日だけモデルのバイトしてるの」と、すっかり調子に乗って、ユキの口も軽くなってきたようだった。
 ユキはポケットから手帳を取り出し、一首の短歌を書き留めた。
『高原の ジェラート工房 立ち寄りて チョコとバニラと カップに二つ』
 ユキはなにかにつけて短歌を詠む習慣がある。お客様との会話で気持ちが晴れたのか、旅行に来て初めて短歌を詠んでみたいと思った。
 最近では短歌に加え、詩や長歌なども詠むようになった。
創作しているときが何より楽しいのだ。
 楽しいときも悲しいときも短歌を詠むのだが、楽しい短歌の方が圧倒的に多い。手帳やノートに書き、すでに七冊を書き留めている。そしてこの旅行で気づいたことがある。それは「私は文章を書くことができる。この楽しみは、これからもずっと続いていくだろう」と、文章を書いていれば悲しいことも乗り越えられるのだ。
 夕方になって、お店を閉めてから、早苗さんが、旬のフルーツで作ったジェラートを持って来た。
「こんなに美味しいジェラートを食べられる私たちって幸せだよね、一緒に食べよ!」
 早苗さんはそんな言葉を添えていた。
孝史君が作るジェラートは世界一美味しいと信じて疑わな早苗さんの一途さが素敵で可愛いと思った。

 ユキはゴールデンウィークの休みを一日残して自宅へ帰った。


まだまだ続きます。お楽しみに!

富士山の見える高校で(2)にジャンプします

投稿者 r65life

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